中国ドラマ『大秦帝国』(2006年)その1 商鞅の法治主義

 中国ドラマ『大秦帝国』(全51話)を観ました。


このドラマは、「法治主義」「法治国家」

という人類の叡智がどのようにして誕生したか

という重要な点について描いています。

ぜひとも多くの法学者および法学徒の人に

観てもらいたいドラマだと言えます。

法律を良く学んだ人ほど、”目から鱗が落ちる”

ような衝撃的な感動を覚えるに違いないです。


◎ 法治主義の起源は商鞅に遡る


ドラマの主人公は商鞅(Shāng Yāng)です。

紀元前370年~紀元前335年に実在した人物であり、

「法家」の思想家、政治家、将軍です。


そのころの中国には「周」という名目上の国家が

あったのですが、実際には周に実権はなく、

各地に諸侯たちが乱立し覇権を争う戦国の世でした。

「戦国時代」と呼ばれております。


商鞅は、魏の宰相の個人秘書をやりながら、

儒学や兵法などの諸学問を書物で学んだと

思われます。そして、

政治は”人治”によるべきではなく、

”法治”によって為されるべきである

という考えに至ったのです。


法治主義や法治国家、法治行政と言った

概念については、『憲法』や『行政法総論』

などの従来の一般教科書においては、

「18世紀末にドイツで生まれた概念である」

と書かれており、大学の法学部の授業でも

それが至極当然のことであるかのように

教えられています。しかし・・・、

間違っているんですねぇ~(笑)w。


法治主義や法治国家、法治行政というものは、

紀元前の350年頃に中国で生まれた概念であり、

そして商鞅によって実践・実験された

政治制度である、というのが正しい。


◎ 商鞅の法治主義 性悪説


商鞅は魏国を出て諸国を放浪したようです。

ドラマ『大秦帝国』の中では、

旅の途中の商鞅が孟子と出くわして

論争するシーンが描かれております。

商鞅と孟子がほぼ同じ時代を生きていたことは

史実ですが、実際に出くわしたかどうかは

よく判らないですねぇ・・・。それゆえ

この部分はフィクションと言えますが、

しかし商鞅と孟子の考え方の根本の違いが

端的に説明されており、

それは”法治と人治の違い”を視聴者に

わかりやすく説明する部分と言えます。


孟子は儒学者・孔子の直系の弟子であり、

「君主には”徳”が備わっていなければならない、

その”徳”を備えた君主が政治を行えば、

国・社会全体が平穏・平和・安泰になり、

庶民や国民が幸福になる」という思想ですね。

これは徳を備えた君主による”人治”こそが

良い政治の基本であるという考えです。

その前提として、人間の本質は善である

と説かれております(性善説)。

「もともと自然状態において人間は善なのだから、

異常な状態においてだけ、

徳を備えた君主が調整・介入を実施すれば、

自ずと平穏・平和な状態が回復する」

ということになります。


これに対して、商鞅がいう法治というのは、

性悪説を前提にしている。

「もともと人間は悪なんだ・・・、だから

法によって縛る必要があり、

法で縛っていれば平穏・平和な状態に至る」

という考えです。

私は、商鞅の性悪説のほうが正しい

と思いますよ。


◎ 商鞅による法治の実践・実験


商鞅は、中国西域部の弱小国であった秦の

第25代公である孝公に仕えることになります。

弱小国である秦をいかにして強国にするか?

商鞅は自らの法思想を実践して

20年かけて秦を強国へと成長させます。


ドラマの中では、主人公=商鞅の口を通して、

次のようなことが語られております。

「国が強くなるためには、

法治の徹底と良き君主が続くことが必要だ」

「法治は名君を生み、暗君を退ける。」

「名君が続けば国は強くなる」と。


商鞅は奴隷を解放し、新国民として位置づけ、

戸籍制度を整え、国民軍を創設しました。

新国民たちへ農地を解放して、

生活の基盤を整えようとしました。

法の公平な執行を実践することで、

旧貴族階級者たちの実権を奪っていきました。

君主制を敷く秦国の中で貴族たちを没落させたのです。

罪刑法定主義を実践し、

行為を伴わない意思だけでは処罰できない、

つまり客観主義的刑法観を打ち出しております。

これ、スゴイことですよ。ビックリです。

現代の刑法理論と殆ど変わらないじゃないですか。


ドラマ主人公の商鞅の口を通して、

法治主義における「法」の内容が

次のように語られております。

「法とは何か・・・?

それは、悪を罰し善を育てるものだ。

でたらめな支援など悪を増長するだけだ。

法治とは、”真の仁”を貫くことだ。

旧習や情を排除し、法に従ってこそ

”真の仁”を貫けるのだ」と。


紀元前500年頃の孔子がすでに

「仁」を説いており、商鞅も孔子の「仁」を

否定してはいない。

「仁」とは真心と思いやりの気持ちであり、

利他主義のことだと言えます。

法とは理想状態を綴ったもの。

君主だけでなく民を含めて皆が法を守り、

国は民に法を守らせる施策を取り、

国家社会全体に法が浸透していることが

本当の「仁」の状態だと商鞅は考えていたんです。



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