日本映画『あゝひめゆりの塔』(1968年)~ 終戦前の学制と対馬丸の沈没

 [N・Sさんwrote:]

『あゝひめゆりの塔』を観始めました。

初代の水戸黄門(東野英治郎)が出て来ました。

青酸カリ入りのミルクが出て来ました。

吉永小百合さんは凄い女優さんですね。

これを橋本環や広瀬すずにやれと言っても

無理ですよね。




N・Sさん... 私のほうも吉永小百合主演の

『あゝひめゆりの塔』を観始めました。

この映画に関しては、子供(小学生)の頃に

両親と一緒に観たはずなのですが、

全く記憶がないですねぇ(笑)w。

やはり、子供が観ても面白くないし

理解できないのでしょう。


あの主人公の女の子(吉永小百合)が

通っている学校は、

終戦前までに存在した官立の学校で、

正式名称は「師範学校」です。


◎ 終戦前までの学制(男子の場合)


昔の学制について、ちょっと説明すると、

当時の「尋常小学校」が現在の小学校です。

当時の「尋常高等小学校」が現在の中学校です。

子供の半分以上は、「尋常小学校」しか

出ておりません。そして、

ちょっと優秀な子や裕福な家庭の子供が

「尋常高等小学校」へ進学します。

今の中学です。90%以上の子供は、

「尋常小学校」か「尋常高等小学校」の勉強で

終わりです。

N・Sさんは、当時の子供が羨ましいですか(笑)?


本当に裕福な家庭に育った子供が

「中学校」に進みます。旧制中学のことです。

これは、今の高校に相当しますが、

子供人口全体の5%くらいしか進学できません。

そして、旧制中学から旧制高校へ進み、

大学(旧制)へ進学します。

大学へ進学するのは子供人口全体の2~3%です。


尋常小学校(8歳~12歳頃)

⇒尋常高等小学校(12歳~14歳頃)

⇒旧制中学(14歳頃~17歳頃)

⇒旧制高校(17歳頃~19歳頃)

⇒旧制大学(19歳頃~24歳頃)

というルートです。

このルートが男子のエリートコースです。


旧制中学のあと師範学校や

専門学校の「予科」に進む子もいました。

進学年齢が現代日本の教育制度と2年ほどズレている

ことに注意してください。当時の旧制高校は、

現代の大学の前半(つまり教養課程)に相当します。

そして旧制大学は、現代の大学の後半(専門課程)と

大学院修士課程に相当します。

実際、戦後になって、かつての旧制高校は

大学(教養部)に格上げされました。

旧制大学卒業者は、国民全体の2~3%程度です。


尋常高等小学校を出たけれども、

家庭が裕福でない子供は、「師範学校」へ通う

ということがありました。

学費が無料だったからです。

14歳か15歳で、師範学校へ進み、

最初の2年が「予科」と呼ばれる基礎学習コース。

そこで色んな事を勉強します。

そのあと3年間、尋常小学校や尋常高等小学校の先生

になるための専門教育を受けました。


20歳くらいで先生になり、

働きながら勉強を継続します。そして、

大学(旧制)へ入学するチャンスを狙うのです。

あるいは、医学専門学校(旧制)へ進んだりする人も

いました。もちろん、そのまま

地域の小さな学校の先生を継続していく人も

多かったです。


◎ 終戦前の学制(女子の場合)


今回の吉永小百合が演じる女子学生は、

沖縄の師範学校女子部に通っております。

かつての旧制中学や旧制高校は、

すべて男子校だったので、

頭の良い女の子は、師範学校で学ぶしか道がなかったです

(あるいはキリスト教系の私学学校かな)。

年の頃は、まだ17歳くらいでしょうか。

学校の先生の卵です。


この映画を観ていて私が気になったのは、

「高女」と呼ばれる学校組織との関係です。

私は当時の女の子がどのような教育を受けていたのか、

これまで殆ど関心がなかったんです・・・。

それで今回、ちょっと調べてしまいましたよw。

当時の学制(教育制度)のことが判らないと、

この映画の中に登場している女の子たちの

背景がわからないからです。


女子の場合には、儒学の精神が背景にあって、

「男女席を同じうせず」なのです。従って、

尋常小学校(8歳~12歳頃)までは

男の子と一緒なのですが、

そのあと尋常高等小学校へは進めず、

約10%の女の子が「高等女学校」

と呼ばれる学校に通いました。

これが「高女」と呼ばれていた学校です。


まるで現代の女子高のような名称ですが、

イメージとしては女子中学のような感じです。

12歳~14歳頃の女の子たちが通う学校です。

男の子の尋常高等小学校進学率が5%程度

なのと比べ、その倍くらいの進学率でした。


映画の中の主人公(吉永小百合)たちは、

尋常小学校を出たあと、12歳頃から

沖縄の師範学校附属の高等女学校に通いました。

つまり教育熱心な家庭に育ったエリート女子

というわけです。学費は無料です。

今で言えば、お茶の水女子中学みたいな感じです


そして14歳頃から師範学校女子部で学ぶのです。

最初の2年ほどが「予科」で、

これが現代の高校に当たります。

後半の3年が「本科」で現代の教育大学に相当します。


主人公(吉永小百合)は、卒業式に呼ばれて

総代をしているのですが、

それは「予科」を卒業したという意味だと思います。

年の頃は16か17歳頃ということになりますかねぇ。


つまり現代の女子高校を卒業したばかり

ということになります。

これから師範学校「本科」(=教育大学)へ進学して、

3年間、先生になるための専門教育を受ける

ことになっていたのです。そういうときに、

アメリカ軍が押し寄せてきたということになります。


◎ 強制徴用


いくら頭の良い女の子たちであっても、

医学教育までは受けていないはずです。

小学校の先生になるための勉強をしているのですから。


まるで看護師のように働いておりますが、

緊急時のお手伝いの仕事であって、

雑用だけのはずです。

兵士が彼女たちのことを「学生さん」と呼んでいるのは、

そういう背景があると思います。


彼女たちは、官立の学校に通っていたために、

まるで公務員のように強制徴用されてしまったのです。

ボランティアでやっていたわけではないです。


師範学校男子部に通う男の子たちも、

やはり兵士として強制徴用されておりました。

ボランティア志願したわけではないです。

学校の先生たちも、にわか軍人になっていたのです。

何の訓練も受けていないのに、突然、

軍人として闘うことを強制されたのです。

まともな武器だってないでしょ?

日本側は、最初から勝てるわけなかったのです。


◎ 対馬丸の沈没


子供たちが「本土」(日本の本土のこと)へ

強制疎開(そかい)させられましたね?

そして、その子供たちが乗った船が「対馬丸」です。

アメリカは、日本側の軍事通信を傍受しており、

解読(翻訳)しておりましたから、

日本側がやろうとしている作戦内容を

全て知っておりました。アメリカは、

子供たちや一般人が沢山乗った船である

こと知りながら、その対馬丸を

潜水艦から攻撃し撃沈したのです。

アメリカという国は、そういうことをやったのです。

最終的にアメリカが勝ったので、

アメリカのほうは何も責任をとらなかったw。


N・Sさんには、多くの日本人同様に、

アメリカへの信奉精神が見受けられますが(笑)、

この映画『あゝひめゆりの塔』を観て、

よくよく考えてみてください。


◎ 日本映画『沖縄の民』(1956年)


N・Sさん...私のほうは、

日本映画『沖縄の民』(1956年公開)

も観終わりました。

<キャスト>

左幸子 安井昌二 長門裕之 金子信雄 安部徹 二本柳寛 

織田政雄 信欣三 堀恭子 西村晃 岡田真澄 長尾敏之助

二谷英明 原緋紗子 ほか


こちらの映画『沖縄の民』では、まず

学童疎開と対馬丸撃沈事件のことが触れられ、

師範学校男子部学生(長門裕之)の視点で、

沖縄戦の様子がリアルな戦闘シーン付きで

再現されております。


日本軍には、戦車も戦闘機もなければ

機関銃もなかったのです。

大砲だってなかったし、銃と刀剣だけでした。

軍人たちは、にわか養成されたド素人たちで、

食料すらなかったww。

初めから負けることが確実に予想される戦いでした。

”神国日本のため”、”天皇陛下のため”に

精神論だけで闘ったのですww。


もともと沖縄の民というのは、

日本本土のアルタイ人とは異なる琉球民族です。

その人たちが日本のために犠牲になったんです。


一つの歴史上の出来事を複数の視点から観察すると、

真実がさらによく浮かび上がってきます。

1時間半程度の短い映画なので、

N・Sさんも是非『ひめゆりの塔』とあわせて

この機会に観ておいてください。


私の個人的な見解ですが・・・、

『あゝひめゆりの塔』(1968年公開)よりも、

『沖縄の民』(1956年公開)のほうが、

内容が詰まっているような気がします。



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