メキシコ・仏・ 西独合作映画『エレンディラ』eréndira(1983年)~ ノーベル文学賞作家が書いた宇宙人物語

 N・Sさん...


先般の電話で「良さそうな映画を見つけた」

とだけお話して、

肝心なタイトルをド忘れしてましたw。

タイトルは、『エレンディラ』です。


原作は、コロンビアの作家 ガルシア・マルケス

1973年に今回の映画『エレンディラ』のシナリオ

として書いた中編小説『無垢なエレンディラと

無情な祖母の信じがたい悲惨の物語』です。

ガルシア・マルケスは、1982年に

ノーベル文学賞を受賞しております。

今回の映画『エレンディラ』は、1983年に

メキシコ・フランス・ 西ドイツ合作で制作されました。


ガルシア・マルケスは、この作品『エレンディラ』

を通して、一体何を訴えようとしているのか?

この点を解明するのは、非常に難しいです。

あまりに難解なので、私のほうは

原作本(日本語訳)を3回ほど読みましたよw。

ついでに、この映画の内容と関連する短編小説

『愛の彼方の変わることなき死』も読みました。


◎ あらすじ

この映画の「あらすじ」については、

ちょっとネット検索すれば出てくるでしょうが、

原作本(シナリオ)を読むのが一番良いです。


14歳の少女エレンディラは、支配的傾向の強い

祖母から奴隷のように扱われて暮らしていますが、

風の強く吹き荒れる夜、ロウソクの取り扱いを

あやまってしまい、家を全焼させてしまいます。

祖母はエレンディラに損害を償わせようと考え、

彼女に売春を強要します。

エレンディラを救い出そうと、修道僧たちが

彼女を拉致し、似たような境遇の少女たちとの

集団生活が始まり彼女は幸せを感じます。が、

原罪の償いとして集団結婚させられそうになります。

エレンディラは、祖母の所へ逃げます。

オランダの密輸商の息子ウリセスは、気品ある

美少年なのですが、エレンディラに恋をします。

そして「一緒に逃げよう」と誘います。

エレンディラは、ウリセスに「祖母を殺せるか?」

と訊きます。ウリセスは

「エレンディラのためなら何でもやる」と答えます。

祖母が72歳の誕生日の日、ウリセスは

誕生祝だと言って祖母にヒ素入りのケーキを

食べさせます。が、祖母は髪の毛が抜けて

禿頭になっただけで死んでくれません。

ピンピンしております。

祖母が弾くピアノに爆弾を仕掛け爆発させましたが、

軽い火傷を負っただけで死んでくれません。

ウリセスは、ナイフを使って祖母を殺します。

緑色の血が流れますw。

それを見たエレンディラが、自分の手のひらに

皺(しわ)が刻まれるのに気が付きます。突然、

エレンディラはウリセスを置いて外に走り出し、

砂漠の中へと消えていきます。


◎ 主要登場人物

この『エレンディラ』の主要登場人物たちのことを

以下にまとめておきましょう。


◇ エレンディアの祖母

(演じているのは、ギリシアの女優である

イレーネ・パパス)

アンティーリャ諸島で娼館を営む男の

美人妻だったという設定。

その美人妻が、恋仲になった男アマディス

と共謀して旦那を殺したようです。そして

砂漠の中の家で一緒に暮らすようになった。

アマディスとの間に息子が出来て、

やはり「アマディス」と名付けた。

父親のアマディスのほうは気鬱で死に、

息子のアマディスのほうは商売仇との争いで

蜂の巣にされて死んだ。

息子が女中に産ませた私生児を引き取ったのだが、

それがエレンディラ。

ピアノを弾き、フランス語曲も歌う。

つまり、育ちが良い。しかし、

目を開けたまま眠り、寝言がヒドイ。食べ方も下品w。

映画では、左肩に蝶(蛾?)の刺青がある。


◇ エレンディラ

(演じているのは、ポルトガル系およびユダヤ系

のブラジル人女優であるクラウディア・オハナ)

祖母に従順であり、口癖は「はい、お祖母さま」。

過労のために立ったまま眠っていることもある。

祖母の寝言を心理分析する能力がある。


◇ ウリセス

(演じているのは、ドイツ人の俳優

オリヴァー・ヴェーエ)

最初は、エレンディラの客として現れたが、

エレンディラに恋をしてしまう。

オランダの密輸商人の息子だという設定。

原作本によれば、ウリセスの母親は

インディオの娘であり、オランダ語を

全く話せず、夫とは会話できない。


◇ 上院議員オネシモ・サンチェス

(演じているのは、イギリス系フランス人俳優である

マイケル・ロンズデール)

42歳だが、不治の病(心臓病)を抱えており、

医者から死を宣告されている。

いつも片手に黄色いバラを一輪持っている。

砂漠の町を遊説中にエレンディラと出会う。


◇ 自転車に乗った写真家

(演じているのは、フランス人俳優のルーファス)

1800年代末期頃に発明された

マグネシウム発光型フラッシュ機能付の

古いカメラを自転車に積んで旅しながら、

「芸術家」としての自尊心を持って活動。

エレンディラとウリセスが逃亡した際に、

二人の逃亡を「そそのかした」という理由で

射殺されるw。


◇ 修道会の修道士たち

政府(スペイン?)からの命を受けて、

家族や男からDV被害を受けた女性を

保護したり、未婚の母をなくすために

合同結婚式を開催している。

エレンディラも19歳になるまでの数年間、

この修道会の施設において過ごしている。


◎ 時代背景や場所の設定


時代や場所については、原作の中では

特定されていない。

スペイン語圏のラテンアメリカの何処かの国

であろう・・・、ということくらいしか判らない。

映画の背景被写体をよく観察していると、

1970年頃に製造されたトラックが映っている。


場所(国)は、メキシコの砂漠地帯の村。



◎ 映画中の重要な小道具=蝶


映画冒頭で、祖母が風呂に入るのを

エレンディラが手伝うシーンがある。

祖母の左肩には蝶(蛾?)の刺青がある。




またエレンディラが祖母の言いつけのまま

上院議員の家を訪問するのだが、

その待ち時間の間に蝶らしきモノが

飛んでいるのを追いかけるシーンがある。

結局、その蝶は折り紙で作ったニセモノだし、

塗装したての壁に貼りついてしまった。



この2つのシーンは、原作には載っていない。

映画だけのオリジナル部分。

蝶っていうのは、幼虫からさなぎを経て

形が変化していく生き物であり、

蝶は”変化の兆し”および”変化への願望”

を意味している。

エレンディラの祖母もかつて変化を希望して

身体に刺青を入れたのであろう。

エレンディラも変化の兆しを感じたけれども

結局その蝶はニセモノであり壁に貼りついた。

つまり・・・、変化は訪れない

ということを暗示している。


◎ 手のシワの意味=手相の起源


この作品のラストでは、ウリシスが祖母の腹を

ナイフで刺し、やっとのことで殺します。

その時、祖母の身体から緑色の血が流れます。

その殺害現場を見たエレンディラが

自分の手の平の異変に気が付き、

自分の手の平をじっと見つめます。すると、

綺麗だった無垢の手の平に深いシワが形成される。

そして砂漠の中へと走って消えていくんです。

この点は、映画も原作(シナリオ)も

まったく同じです。


このラストシーンは、一体何を語っているのか?

ここがこの作品の最重要課題なんです。

最後のオチなんです。

ノーベル文学賞作家は、どんな意味を込めて

このシーンを創作したのか?


まず、手の平のシワの意味についてです。

これは、「手相」という思想が

ラテンアメリカ社会に伝わっていることを

物語っています。


手相という思想の起源は、古代インドにまで

遡ります。

その古代インドの手相が東と西の両方へ

伝播しました。東洋手相と西洋手相です。


東洋手相は、古代インドから中国へ

仏教とともに伝えられられました。そして

中国の地で「易学」として発展しました。

この東洋手相は、すでに日本の平安時代には、

日本に伝来しております。


他方、西洋手相のほうは、古代インドから

中東、エジプト、ギリシャへと伝わり、

ピタゴラスやアリストテレスなどの哲学者たちも

研究したそうです。

スペインやポルトガルなどの西洋諸国の

植民地であったかつてのアメリカ大陸へは、

西洋手相が伝わりました。


なお、現代の日本に一般に見られる手相は、

明治期に西洋から伝来した西洋手相が主流です。

従って、日本の手相もラテンアメリカの手相も

基本的には同じです。


◎ 緑色の血の意味=最後のオチ


この作品のラストシーンが

あのタフな婆さんの緑色の血であること、

上述した通りです。

このシーンは、一体何を意味しているのか?


ノーベル文学賞作家による作品だから・・・

なのでしょう。多くの知識人たちは、

このシーンを逆に分析できません。

スペイン語やフランス語を勉強したり、

ノーベル賞文学に高い価値を置く知識人、

英語の得意な映画好き文化人たちは、

高尚であるべきノーベル賞作品に

低俗な発想が入り込むはずないと考える。


しかし・・・、普通の感覚の一般人が

緑色の血を見たならば何を考えますか?


あの婆さんは・・・、人間じゃないんです!

宇宙人か妖怪なんです。

絶対、そうなんです(笑)w。

ノーベル文学賞作家が、宇宙人や妖怪の話を

書くわけがないと思いこんじゃダメなんです。


とすると・・・、あの婆さんの血をひく孫娘

=エレンディラにも、緑色の血が流れている。

そういうことになります。


エレンディラは、ウリシスを置いて

「風よりも早く走って」逃げて行ったのですが、

それはどうしてなのか・・・?

このまま愛するウリシスと一緒にいたら、

ウリシスを殺してしまうことになるからでしょ?

弱い人間とは一緒にいないほうが良い

という懸命な判断をしたのでしょ?


そういう具合にラストシーンを解釈すると、

この『エレンディラ』の物語の全てを

納得することができます。

この物語のオチは、現代のラテンアメリカに

宇宙人の子孫が生きていたというコトです(笑)。

もともとこの『エレンディラ』は、

『大人のための童話シリーズ』の中の作品です。

娯楽のために執筆されたものなんです。

ノーベル賞作家だから・・・高尚な作品のはずだ

という色眼鏡で判断してはいけないんですよ。

スペインによる植民地支配の打破を描いた作品だとか、

ウリシスの深い愛を描いた作品だとか・・・、

人間の孤独と愛の真理を描いているとか・・・、

少女売春撲滅のためのキリスト教文学作品だとか、

人間の性(さが)や因果応報・因縁を描いているとか、

色々と難しく考える必要はないんですよ・・・。

映画『プレデター』と同じ娯楽作品なのですw。


ただし・・・、この映画の最後の最後の

赤い足跡の意味がわかりません。

走り去るエレンディラが残した赤い足跡は、

いったい何なのでしょう?

考えてみてください。



この映画『エレンディラ』については、

日本語字幕化はなされていないようです。

DVDは存在しますが、スペイン語音声か

フランス語音声のようです。

ネットで「eréndira (1983)」を動画検索すれば、

英語字幕版が見つかるはずです。



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