日本映画『乙女ごころ三人姉妹』(1935年)~ 川端康成『浅草の姉妹』
N・Sさん...
貴重な動画(古い映画)を見つけました。
1935年(昭和10年)公開の
『乙女ごころ三人姉妹』という日本映画です。
川端康成の小説『浅草の姉妹』(1932年)が
原作となっております。
画質がかなり悪いですw。
この小説『浅草の姉妹』の「あらすじ」
については、Wikiに書かれておりますので、
そちらを見てください。
◎ 浅草の町を好んだ川端康成
川端康成は、第一高等学校で学ぶために
大阪から東京へ出てきたのですが、
そのころより浅草の町が好きで、頻繁に通っていたようです。
この映画『乙女ごころ三人姉妹』には、
昭和初期の東京・浅草の光景が映っています。
これは貴重な歴史資料ですねぇ。
日本人があんな恰好をして歩いていたんですよ(笑)。
あんな感じの人たちが、
数年後にはアメリカと戦ったんです。不思議ですねぇ~。
川端康成は、第一高等学校の英文科に
入学したのですが、それって当時としては、
珍しい選択(少数派)だったと思います。
だって、旧制高校に入学する殆どの学生は
ドイツ語(かフランス語)を選択したはずです。
この点、よく調査していないのですが・・・、
当時の第一高等学校英文科の合格基準点
が低かったのではないでしょうか?
どうしても東京に出たかった川端は、そういう理由で
第一高等学校の英文科を選択したのではないでしょうか。
川端康成は、その後、東京帝国大学の英文科へ
進学するのですが、それも奇妙です(笑)。
普通の学生は、東大の法科(か政治科)を目指すはずです。
だって、東大っていうのは、
官僚になって権力中枢層へ入り込むための学校です。
川端康成という人は、若い頃から
普通の人ではなかったようです(笑)。
学生時代には、浅草で遊んでばかりいたのでしょう(笑)w。
だから、作家になれたんですね。
普通の人とは視点が違っていたからこそ、
ノーベル文学賞を受賞できたのでしょう。
若いときの川端康成の作品がどんな感じだったのか
興味があれば、この映画『乙女ごころ三人姉妹』
を観てください。
◎ チェーホフの『三人姉妹』の影響
ロシアを代表する作家の中にチェーホフという文豪がいます。
そのチェーホフが『三人姉妹』という小説を書いており、
当時、すでに日本語に翻訳され、市販されておりましたし、
演劇などでも公演されておりました。
このチェーホフの作品については、
私も高校生の頃にいくつか読んだことがありますが、
川端康成もチェーホフの影響を受けたものと推測します。
川端の短編小説『浅草の姉妹』は、
日本版の『三人姉妹』だと思います。
◎ 庶民の哀しみを直視する姿勢
昨夜の電話でも話しましたが、
川端康成という小説家は、
日本の社会の最底辺で生きている庶民に
関心があったのです。
とりわけ、芸者や芸人、踊子などです。
芸能人って・・・、
現代社会では華やかでお洒落な人たちですが、
当時の芸人や芸者は、朝鮮時代劇に出てくるような
奴隷=奴婢(ぬひ)と似たような境遇だったのです。
そこに”哀しみ”があったわけです。
この映画の中で、登場人物の一人が
「幸福だと思ったことはないけれども、
不幸だと思ったこともない」
と語っております。
ところで・・・、
現代社会で労働者として生きる我々も
奴隷階級として扱われていますねぇ~w。
つくづくそう実感します。実際、そうなんでしょう。
そうした生活の中で、少しばかりの楽しみを見つけ、
何とか生きているわけですねぇ。
会社は、我々労働者を人間扱いしない傾向がありますw。
「金さえ払えば何でもする奴らだ」
と思っているのでしょう。
つまり川端が見抜いた日本社会の実態は、
今日なおも継続中というわけですww。
川端作品には、社会の実態を見抜く力があったからこそ、
ノーベル文学賞を受賞したのでしょう。
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