ドイツ映画『Uボート』Das Boot(1981年)~ 騎士道の精神から導かれる船長の最後退船
[N・Sさんwrote:]
映画『Uボート』を見終わりました。
これもまた良い映画ですね。
よく船長は船と運命を共にすべきであり、
もし船が沈んでしまう場合には
一緒に沈んで死ぬべきだと言われておりますが、
その通りのエンディングでした。
N・Sさんは、あの艦長が死んでしまった
と感じたのですね?
そして”船と運命を共にすることこそが
艦長の責任だ”と感じたわけですね?
艦長としての責任を取って死ぬことが
美しい考えだと思ったのですね?
◎ キリスト教の精神
しかし、それはN・Sさんの考えすぎですw。
そういう考えは、日本の”武士道の精神”であり、
ひいては”儒教の精神”に繋がるものですが、
キリスト教を精神的基盤とする西洋人の艦長には、
そういう武士道の精神は流れていないです。
命を大切にして人生を全うすることが神の意志だ
と言う具合に考えるはずです。
あの艦長は、最後のシーンで倒れていますが、
それは失意のために気を失っただけです。
西洋人には、”戦いに負けたときには潔く死ぬ”
という発想はありません。
負けても再び立ち上がって次の戦いで勝とう
と言う具合に考えるはずです。
それが西洋人の合理的な考え方だと思います。
◎ ハインリヒ・レーマン=ヴィレンブロック
あの艦長のモデルになった人は、
ハインリヒ・レーマン=ヴィレンブロック
(Heinrich Lehmann-Willenbrock,
1911年12月11日‐1986年4月18日)という人です。
彼の人生の詳細についてはWikiに記されております。
彼は第二次世界大戦中に総計で28隻、
205,000トンの連合国船舶を沈めました。
が、1942年4月に陸上勤務となり、
ブレストで第9潜水隊群司令官を務めました。
1944年9月から10月の短期間にかけて
U-256の艦長を務め、
1944年12月から敗戦にかけてはベルゲンで
第11潜水隊群司令官を務めました。
戦後は西ドイツの商船などで船長を務めて活躍し、
1974年にはドイツ連邦共和国功労勲章を叙勲しました。
1986年に故郷のブレーメンで死去。
◎ 武士道・儒教の精神
日本は、先の太平洋戦争で、
多くの優秀な若者を失いました。彼らは、
生き恥をさらすくらいならば自刃(自爆)せよ、
と命令されておりました。
それが日本男児の在り方(大和魂)である、と。
優秀な若者がにわか訓練を受けてゼロ戦や小型潜水艦を
操縦して敵艦へとぶつかって行きました。
帰ってくる燃料を積載していませんでした。
死んでこいと命令されておりました。
こういう考え方は、武士道、儒教の精神であり、
それが戦後になって、危険な思想であるとして、
占領軍(GHQ)によって否定されたわけです。
N・Sさんも、考えを改めないと
いけないかもしれないですねぇ(笑)?
戦艦大和や戦艦武蔵の艦長の場合とは違うのです。
西洋人にはキリスト教の精神が流れているのです。
◎ 騎士道の精神
今回、N・Sさんの素朴な疑問提起のおかげで、
私のほうの考察もまた一歩前進しました。
上に書いたことは、大体において
間違ってはいないと思うのですが、考察において
いまだ深み(視点)が足りないです。
何が足りないかというと・・・、
西洋における「騎士道の精神」のことです。
日本の武士道に似ているものなのですが、
西洋社会には日本の武士道とは根源が少し違う
「騎士道の精神」というものがあります。
日本の武士道は、江戸初期に朝鮮半島から
伝来した儒教の精神を精錬させて作った
武士階級における規範です。
これに対して、西洋社会における騎士道の精神
というのは、キリスト教を根源としており、
主として貴族階級における道徳的な規範でした。
騎士道の精神は、キリスト教の「隣人愛」の精神
と繋がっております。
日本の武士道においては、主君に忠誠を誓い、
主君を守れなかった場合には、潔く死ぬ
=追死するという具合になっていきます。
帝国海軍戦艦の艦長が沈没時に、
身体をロープで船の柱などに縛り付けて
一緒に沈んでいくという発想は、
この武士道の精神が背景になっております。
◎ 騎士道の精神から導かれる船長の最後退船
これに対して、西洋社会の騎士道の精神からも、
似たような原則が発生してきます。
それは「船長は船と運命を共にする」
(The captain goes down with the ship)
という発想=「船長の最後退船」です。
武士道から導かれる結論と似てはいるのですが、
ちょっと違う点は・・・、
この伝統は、19世紀に作られた
「ウィメン・アンド・チルドレン・ファースト」
=「女性と子供が第一」という行動規範と
関連している点です。
日本の戦艦の艦長は、主君(天皇)に忠誠心を
示すために船と一緒に沈んでいったのです。
これに対して、
西洋社会の船長は、乗客の安全をはかる義務を
神に対して感じており、
それが出来ない場合には自分も船と一緒に沈む
という考え方になっているのです。
武士道と騎士道とでは、
発想の仕方がちょっと違うでしょ?
戦時においては、日本の軍人は、
国=天皇への忠誠を一番の価値基準において、
自殺行為に出ることが多かったです。
しかし、ヨーロッパでは、
大統領や首相への忠誠なんて・・・、
なかったのでは(笑)?
だから、敵軍の捕虜となることも
場合によっては仕方ないことだ
と考えていたはずです。
捕虜となっても、捕虜収容所の中で闘おう
という発想になっていきます。
N・Sさんも、そのうち名作映画『大脱走』を
観てみましょう。そしたら、実感がわくはずです。