アメリカ映画『西部戦線異状なし』(1930年)Im Westen nichts Neues~名作映画観賞のための準備勉強
N・Sさん...
N・Sさんが真面目に仕事をしている間、
私は家でノンビリさせてもらいましたよ。
次のターゲット=名作映画を見つけました。
1930年のアメリカ映画『西部戦線異状なし』です。
第3回アカデミー賞(1930年)最優秀作品です。
映画中で、ドイツ軍兵士たちが英語を用いており、
その点は確実に間違っておりますが(笑)、
それ以外の時代考証はしっかりしている
と思われます。
◎ 映画製作の背景~世界恐慌の真っ只中
この映画『西部戦線異状なし』の製作国は
アメリカなのですが、原作本のほうは
ドイツ人作家のエーリヒ・マリア・レマルクによって
ドイツ語で書かれています。1929年の発表です。
原作本のタイトルは『Im Westen nichts Neues』です。
これを直訳すると、「西では新たなことはない」
というような意味合いです。
原作本発表当時のドイツはワイマール共和国と呼ばれ、
人権重視の画期的な「ワイマール憲法」を持っていました。
だからレマルクが反戦文学を発表できたのです。
第二次世界大戦がはじまったのが1939年ですから、
その10年前です。
なお、スペイン内戦が始まったのは1936年です。
1929年に世界大恐慌が始まりました。
大不況の真っ只中のアメリカが、
ドイツの代わりに映画を作ったわけですw。
この映画は、実質的にはドイツ映画と言えます。
◎ 映画の舞台=第一次世界大戦初期の西部戦線
第1次世界大戦始まったのは1914年であり、
その戦争が終わったのは1918年ですが、
この映画の舞台は、第1次世界大戦が
始まって間もない頃の1914年の「西部戦線」です。
ドイツの西つまりフランスとの戦闘を「西部戦線」
と言います。「マルヌの闘い」が有名です。
これに対して、ドイツの東つまりロシアとの闘いを
「東部戦線」と言います。
この第一次世界大戦では、
人類史上初めて近代兵器が使われました。
毒ガスも使われております。
西部戦線では、フランス軍が戦車を使っています。
◎ 同盟国と連合国(協商国)
この映画『西部戦線異状なし』を理解するためには、
第1次世界大戦(1914年~18年)の頃の
ヨーロッパ情勢を予習しておかなければなりません。
当時のドイツ皇帝はヴィルヘルム2世という人で、
わがままな性格の人でした。
ゲルマン民族こそが優等だと考え、
ドイツ領土を広げようと考えていました。
同じゲルマン民族の国オーストリアと
同盟を組んでいました。
トルコ(オスマン帝国)やブルガリアも
仲間に入っていました。
これらの国を「同盟国」と呼びます。
他方、周辺国もドイツに負けじと
連合を組んでいました。
まず、フランスとロシアが手を結びました。
中立国ベルギーがドイツに侵攻されると、
イギリスが参戦しました。
イギリスと日本は「日英同盟」を結んでいたので、
日本も参戦しました。日本の参戦目的は、
中国におけるドイツ領が欲しかったからです。
大西洋を航海中の旅客船がドイツの潜水艦に攻撃されて
沈没しアメリカ人が多数死亡すると、
アメリカが参戦しました。
これらの国を「連合国」(又は「協商国」)と呼びます。
◎ イタリアの裏切りとロシアの撤退
イタリアは、はじめドイツ・オーストリアの
「同盟国」に入っていたのですが、
戦争が終わったらイタリアの北・セルビアの土地の一部をあげる
と「連合国」(協商国)側から提案され、
ドイツを裏切って「連合国」(協商国)側につきます。
ロシアでは1917年にロシア革命が起こり、
戦争継続ができなくなりました。
後に、ソビエト連邦と呼ばれます。
◎ ギムナジウム ≒ 日本の旧制中学・高校
この映画を観るためにはドイツの教育制度についても、
知っておいたほうが良いです。
映画に登場する若い兵士たちは、
「ギムナジウム」を中退して志願した青年たちです。
年齢は18歳前後と思われます。
ギムナジウムは、ドイツにおける中等教育学校のことで、
9年制の学校です。
ドイツでは小学校へは4~6年通います。
小学校を卒業後にそれぞれの進路に進むのですが、
ギムナジウムに進学する子は大学進学を目指します。
映画の舞台となっている1915年頃のギムナジウムには、
裕福な家庭の子だけが進学できました。
日本でいえば、川端康成や太宰治が通ったような
旧制中学・高校みたいなところです。
以上で、今回の映画『西部戦線異状なし』を
観賞する準備が整いました。
N・Sさんも、名作映画を観てみましょう。