韓国映画『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』택시운전사(2017年)~ 大韓民国憲法改正とその不備点
N・Sさん...
私のほうは、再び1980年5月の韓国・広州へ
タイムトラベルしております。
1980年っていうのは、
とっても重要な時空ポイントみたいです。
アメリカ映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』
に出てくる1955年みたいなもんですよ(笑)w。
先般『広州5・18』(2007年)という映画を
ご紹介したのですが、
まったく同じテーマ=広州事件を扱った
他の映画を見つけたのです。
『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』
という映画です。
この映画は2017年の映画です。わりと最近です。
なのに40年前の事件をシツコク探究しているのです。
それって、すごいと思いませんか?
この『タクシー運転手』で主演しているのは、
昨日N・Sさんが観た韓国映画『JSA』で
北朝鮮軍の士官を演じていたソン・ガンホ
という名前の韓国の名優です。
この映画『タクシー運転手』の評価は非常に高いです。
アメリカのアカデミー賞外国映画部門に
韓国代表として出品されました。
◎ 民主主義の脆弱さ
この『タクシー運転手~約束は海を越えて~』
という映画は、民主主義の脆弱(ぜいじゃく)さ
を語っております。
民主主義国家でも、軍部の暴走によって、
簡単に民主主義が崩壊してしまう危険があるのです。
韓国社会では、そういう経験をしており、
人民蜂起(ほうき)が起こったのです。
広州市民が銃をもって軍部と戦ったのです。
結局のところ、多数の死者がでて、
政府・軍隊に負けてしまいましたが・・・、
スゴイじゃないですか。
日本(人)は、そんなこと(=人民蜂起)は
過去に一度も経験したことがありません。
日本では、明治初期に、西南戦争というものが
ありました。
西郷隆盛が鹿児島で、東京の新政府に対して
「伺いたきことコレあり」と言って、
進軍を始めた時のことです。
あれは、不平士族たちが中心となった内乱でした。
明治の世になって、士農工商の身分制度が廃され、
武士たちの生活が成り立たなくなりました。
武士の活躍できる場が欲しい!
ということで戦争が始まったのです。
だから、あれは人民蜂起とはいえないでしょう。
戦後の安保闘争のとき、東大安田講堂に立てこもって
学生たちが警察(政府)に反発しておりました。
あのときの学生たちは、直接的には、
日本がアメリカ軍の傘下に入ることに抵抗していた
のであり、それは、
国会で多数決の論理によって決定したことに
不満だっただけという感じもします。だから、
人民蜂起とはちょっと違うような気がします。
つまり、日本では、民主主義を守るための戦い
というものを国民が直接行動でやったことはない、
と思うのです。
◎ 映画『広州5・18』との比較の視点
『広州5・18』のほうは、広州市民の視点で
あの光州事件のことを見つめる内容だったのですが、
今回の『タクシー運転手』は、
広州事件を取材・報道したドイツ人記者と
彼を乗せたソウルの個人タクシー運転手の視点で
この事件のことを観察しております。
同じ事件なり同じ時点を、違う視点で見つめると、
その事がすっごくよく判りますよ。
点と点が結びついてくるんですよ。
真実が浮き彫りになってくるのを実感できるのです。
(あ、あのアナウンスの声は・・・、
あの看護師さんだ)とか、
(あの学生は・・・、たしか・・・)とか・・・
わかってきてしまい、興奮しますよ(笑)。
N・Sさんにも、こういう刺激的なタイムトラベルを
ぜひ経験してもらいたいです。
映画鑑賞中には、その主人公の視点で
一緒にその時点を生きていることになりますが、
近未来に起こるであろう出来事が見えてきてしまい、
(あ!そっちに行ったらダメだ)とか、
(あの人たちは、危険だから近づいたらダメだ)とか・・・、
まるで予知能力を備えたかのように判ってしまうのです。
つまり、光州事件を扱ったこれらの2本の映画は、
細かい点まで史実に忠実に作られていることがよく判ります。
◎ 検問シーン
山奥で検問にひっかかり、軍人たちから
尋問されるのですが、ドイツ人記者が
とっさに流暢な英語を使って切り抜けようと
しています。
軍人であっても英語であることくらいは判る。
でも、何を話しているかは判らない(笑)。
アメリカ人は味方のはずだ・・・。
面倒だから検問を通してしまえ、という
行動を軍人が取るように仕向けています。
しかし、慎重な軍人はトランクを開けさせて
気が付きましたね・・・。優秀です。
でも、気が付かなかったフリをしてくれた。
軍人の中にも理性的に判断できる人がいた、
ということですね・・・。
軍人というのは、誰のために働くべきなのか?
軍人は、軍上層部の命令に盲従すべきなのか?
国民のために働くべきなのではないのか?
ここは見逃すべきではないのか?
そういうことを自分の頭で考えれる軍人です。
そういう軍人がいた、ということです。
このシーンは非常に意味があり、考えさせられます。
◎ 大韓民国憲法の改正とその不備点
に関する別稿において、「全斗煥による独裁政治」と
「韓国における独裁政治発生の要因」について
触れましたが、あの1987年の事件のあとの
1987年10月29日、韓国の憲法が改正されました。
その憲法全文についての日本語翻訳を見つけたので、
読んでみました。
https://justice.skr.jp/koreaconst/constitution10.html
主要な改正点は、①大統領の間接選挙制の撤廃と
②憲法裁判所の設置です。
果たして、この2点の改正をもってすれば、
大統領や政府による民主主義弾圧を防ぐことができるのか?
②の憲法裁判所を設置したとしても、
その憲法裁判所への提訴権限者が「政府」とされている点、
非常に疑問を感じます。
「国民」や「国会議員」を提訴権限者に含めることは
できなかったのでしょうかw。
それで良いのでしょうか?
それと重大欠陥だと思うのは、文民統制規定の不在です。
日本国憲法第66条第2項のような規定がないのです。
韓国大統領は、今後も軍人エリートから選ばれる
可能性がなくはない。
もちろん、大統領は韓国民によって選ばれます。
だから大統領選挙の段階で、軍部関係者を
国民自身によって排除することは可能のはずですが、
果たして・・・万一・・・ということは
絶対に起こらないのでしょうか?
その点、心配ですねぇw。
もっとも、韓国はいま北朝鮮との間で休戦中であり、
国民男子に徴兵義務が課されており、
完璧な理想状態へもっていくことは難しいのかも。
しかし「職業軍人」を候補から除外すれば良いのです。
この映画を観て、そんなことを考えました。