日本の名作映画『楢山節考』(1983年)~アイヌの姥捨て山の風習

 N・Sさん...


日本映画『楢山節考』(1983年)を観ました。

「ならやまぶしこう」と読みます。

カンヌでパルム・ドールをとった名作です。



◎ 姥捨て山の風習


この映画のテーマは重たいです。

N・Sさんさんも、『姥捨て山』に関する話

を聞いたことがありますよ、ね?

年取った親を、口減らしのために、

山へ棄てに行く日本の古い風習です。

それを、この映画は扱っています。


そのような暗いテーマを扱った映画が

どうしてカンヌで最高賞をとったのか?

ヨーロッパには、そのような風習はなく、

新規性があったからでしょう。

観た人に強烈な刺激を与えたのでしょう。


映像や被写体の構図は、綺麗です。

音楽といってよいのかわかりませんが、

昔の日本の民族音楽のようなものが使われています。

それが「楢山節」です。


◎ 1000年ほど前の信州はアイヌの地


私は、映画鑑賞の途中でよく休みます。

気分が滅入るときには、動画を止めて

タバコを吸いに行きます。

映像の中で気になるモノが登場する時にも、

映像を止めてネット調査します。

たとえば、今回の『楢山節考』については、

どこの村か?、時代はいつか?

などが非常に気になったのです。


映画の中では、一応、信州(長野)が舞台

ということになっておりますが、

姥捨て山というのはあちこちにあった

ものと思われます。

いつ?ということが次に気になりますよ、ね。


この『楢山節考』という映画の中では、

お役人さんが出てこないのです。

村の掟(おきて)と自治が前提になっております。

即ち、大和朝廷の支配が行き届かなかった時代です。

長野や山梨の山のあたりは、

日本の先住民族(アイヌ)が

西暦1000年頃まで自治を行い、

大和朝廷の支配が及ばなかった地です。

蝦夷(えぞ)と呼ばれていた東北地方についても、

西暦900年頃までは同じ状況です。

北海道なんて、明治期に入るまで、

アイヌ民族の地でした。

こういう地域では、姥捨て山という風習が

行われていたと推測します。


◎ グリム童話『ヘンゼルとグレーテル』


数年前のことですが、図書館へ通って、

日本や外国の昔話についての本を

あれこれと読みあさりました。

年をとった親を山に捨てて殺したり、

生まれてきた赤子を村の掟ですぐに殺したりして、

人口調整を行うということが、

1000年くらい前までの日本で

本当に起こっていたのです。

ヨーロッパでも、子供を山に捨てて殺す

という風習があったことは、

グリム童話の中に出てきます。

有名な『ヘンゼルとグレーテル』の話です。

でも、親を捨てるという風習は、日本独特です。

日本の風習というよりも、アイヌの風習ですね。


◎ アイヌの生活


中沢さんも映画をみていただくとわかりますが、

お金というものが存在せず、

貨幣経済が行われておりません。

物々交換がメインの時代です。

その中で、”塩”が高い価値を持っておりました。

山の中で生活しているわけで、

塩は取れず貴重だったのです。

塩がお金の代わりです。


また、アイヌの生活には、

稲作というものがありませんでした。

狩猟や魚の掴み取り、山菜取り、

小さな畑での野菜栽培などによって

細々と生活しておりました。

米というものも、物々交換で得られる貴重なものでした。


婚姻制度や家制度というものも、

明確な形では存在していませんでした。

雑婚・乱交という状態です。


お祭りのシーンで、木を立てております。

あれも、アイヌのお祭りの特徴です。

アイヌでは、自然崇拝が基本になっておりまして、

死ぬと山へ帰ると信じられておりました。

熊は、神の使いとして考えられておりました。


映画の途中によく登場する蛇は、

アイヌでは神を意味しております。


国というものが前提になっていないので、

年貢(ねんぐ)の取り立ての話は出てきません。


こういう具合に、この『楢山節考』は、

1000年くらい前の日本のアイヌの生活を

かなり再現して見せてくれているのです。

その時代のことをよく調査研究したうえで

映像化しているのです。


だから・・・、カンヌで賞を取れたのです。


◎ 時代考証上の問題点


なお、時代考証上間違いと思われるシーンもあります。

しめ縄のある木の前で「神様・・・お願いします」

というようなお祈りをしているシーンです。

縄は良いとして、白い紙がついているのは問題です。

1000年前、紙なんて庶民には手に入らないです。

オカシイです。

食器を使っているのも問題です。

陶磁器を焼く技術がない時代なので、

器は木製かヒョウタンを割ったようなものだと思います。

食事のときに箸を使っていたかどうかも疑問です。

それと、1000年前の日本に鉄砲はありません。

どうして鉄砲を登場させたのか理解に苦しみます。

弓矢で良いはずなのに。


N・Sさん・・・、

私は、このような感じで、

映画をゆっくりじっくり見るのが好きです。

映画館では、このような鑑賞の仕方はできないでしょ?

それに、いまの日本の映画館では、

深く考察して楽しむような映画が上映されることは

少ないはずです。


N・Sさんもぜひ日本映画『楢山節考』を観て、

私の分析が合っているかどうかを

調査してみてください。



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